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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)2139号 判決 1960年4月26日

原告 河崎美三男

右訴訟代理人弁護士 阿部甚吉

板持吉雄

右訴訟復代理人弁護士 熊谷尚之

被告 福岡重治

被告 西村貞

右被告両名訴訟代理人弁護士 清水嘉市

主文

被告福岡は原告に対し大阪市生野区北生野町二丁目九〇番地の九宅地二三坪六合七勺(別紙図面いろはにいの各点を順次結ぶ線内の土地)を、同地上に存する家屋番号同町第二九一番の二木造瓦葺二階建店舗床面積一四坪六合三勺を収去して明渡せ。

被告西村は原告に対し、前項家屋の内、階下店の間約三坪の内通路を除く約二坪五合(別紙図面トろチリトの各点を結ぶ線内)及び二階三畳の部屋より退去してこれに照応する敷地を明渡すとともに、右家屋裏側空地の内約三坪(同図面イロハニイの各点を結ぶ線内)をその地上に存する木造トタン葺平家建バラツク及びその屋上に設置された物干場を収去して明渡せ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は、原告において被告福岡に対しては金一〇万円被告西村に対しては金七万円の担保を供するときは、その被告に対し仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

まず、原告の被告両名に対する本位的請求について判断する。

成立に争いのない甲第一号証に証人井並ツネ、河崎利市、河崎くらの各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると、原告が昭和三一年二月一日井並則之よりその所有にかかる本件土地を買受けた事実が認められる。

被告らは、右売買契約は、井並と原告とが相通じてなした真意でない意思表示であつて無効であると主張するけれども、本件にあらわれたすべての証拠によると、右事実を確認できないので右主張は採用しない。

そして原告が同年同月二日右土地につき所有権移転登記をうけたこと、被告福岡が右以前から本件家屋を所有してその敷地として本件土地を占有していることは当事者間に争のないところである。

被告らは、本件土地につき前所有者井並則之と被告福岡との間に賃貸借契約が存在し、原告が本件土地を買受けた際、当然に賃貸人の地位を承継したと主張するので考えてみるに、仮に被告ら主張のような土地賃貸借があるとしても、本件土地につき賃貸借の登記がないばかりでなくその地上の各建物についても登記がないことは、当事者間に争のないところであるので、被告らとしては賃貸人である前所有者より新に所有権を譲受けた第三者たる原告に対し、土地賃借権を対抗することができないものと解するを相当するから、当然に新所有者が賃貸人たる地位を承継するとの被告らの主張は採用しない。

そして被告西村が本件家屋のうち階下店の間三坪の内通路を除く約二坪五合及び二階三畳の部屋を占有することによりその敷地を占有していること及び同被告がA地域上に木造トタン葺平屋建バラツク及びその屋上に設置されている物干場を所有してその敷地であるA地域を占有していることは当事者間に争がない。被告両名が他に原告に対抗できる何らの占有すべき権原を有することについての主張がないので、被告らの本件土地占有はいずれも不法のものであるというべきである。

つぎに被告らの権利濫用の主張について考えてみよう。

原告の父である訴外河崎利市がクリーニング業を営み本件家屋より一軒へだてた西隣に同所九〇番地所在家屋番号同町第二九一番の三すなわち件外家屋を所有していること、は当事者間に争がなく、成立に争のない甲第三号証の一ないし五同第四号証に証人西村君代、河崎利市の各証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、

河崎利市が、件外家屋を訴外中川竜之助に賃貸していたところ中川において訴外田端武夫に無断転貸したので、中川らに対し無断転貸を原因として家屋明渡を折衝中、被告西村が昭和三〇年一月件外家屋の一部を賃借して引越荷物を運びこむ途中であつたので、河崎らが入居を断念するよう勧告したが応ぜず、入居してクリーニング業を開始したこと、被告西村の店舗と原告の店との間隔は戸数にして二軒しかなかつたこと、かようなところから顧客の方で紛らしく困つたことがある事実

が認められ、河崎が中川・田端・被告西村の三名を相手方として生野簡易裁判所へ家屋明渡の訴を提起し、昭和三〇年一一月二一日に原告主張内容どおりの和解が成立した事実は当事者間に争がない。

そして成立に争のない甲第二号証第三号証の一ないし五同第四号証に、証人井並ツネ、河崎利市、河崎くら、福岡静子、岡田芳太郎の各証言、被告両名の各本人尋問の結果及び現場検証の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、

被告西村は昭和三一年一月二七日被告福岡との間に本件家屋の一部を賃料一ヶ月四五〇〇円で賃借する契約を結んで、階下店の間の二坪五合及び二階三畳の部屋を占有し、A地域上に主文第二項掲記の建物及び物干場を建設して所有するにいたつたこと、被告福岡は被告西村と右賃貸借契約を締結する際、被告西村がその時まで件外家屋の一部を転借してクリーニング業を営んでいたが、原告らが被告西村において件外家屋でクリーニング業を営むことに営業上の脅威を感じ、無断転貸という理由で前記訴訟を起し、河崎は西村が明渡の履行をなすと引換えに西村に対し移転料二五、〇〇〇円、同被告が設備した電気設備の対価として金一〇、〇〇〇円合計三五、〇〇〇円を支払うことの和解が成立したこと、もし、西村が本件家屋に引越して入居し右営業をつづけることになれば、原告又は河崎らにおいて以前にも増して営業上の脅威を感ずることを知つていたこと、

本件土地界わいでは、クリーニング業者が相並んで研を競うとしても紛らしくこそあれ、業績向上に役立つことる可能性がとぼしい事実

が認められ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

民法二〇八条ないし二三八条にいわゆる相隣関係に関する規定が設けられているが、それは、もし相隣つて生活する者が互に各自の所有権を極度に主張しあうならば、とうてい共同生活の円満を期することができないからであつて、相隣互助互譲といつた精神を法規の上に現わしたものと考えることができる。そしてこれらの規定によつて、相隣者間にはあるいは不作為もしくは認容の義務が生じあるいは作為の義務が生ずるのであるから、そこには所有権の制限があるのだが、他方では隣地を使用するとか隣人の協力を求めるとかいうようなことで所有権の拡大があるともいうことができる。

このような相隣関係は、不動産所有権について認められるのが原則であるけれども、相隣互助互譲といつた精神は、たまたま不動産所有権の相隣関係の法規上に片鱗を示したのであつて、相隣関係にある共同生活者の法律関係を規律する法律の基調をなすと考うべきである。本件につきこれをみるに、被告福岡において、被告西村が件外家屋におるときから知合い、万一被告西村が被告福岡方に引越しクリーニング業を開始するときは原告又は河崎が以前にも増して営業上の脅威を感ずるにいたることを知悉しながら、被告西村を入居させそしてクリーニング営業を継続させることは適度の競争を挑発させるのみで著しく善隣者としてのよしみを欠き、相隣互助互譲の精神に反するものである。かかる隣人は、相隣者が営業上不必要な過度の競争を避けるために執つた防衛手段ともいうべき本件土地買入、登記の欠缺を理由として地上建物収去土地明渡を請求することが信義誠実の原則に反すると批判するにふさわしい資格を有しない。

かかる場合土地の買主たる原告が、土地賃貸借の登記及びその地上建物に登記がないので、被告らの土地占有が不法であることを理由として、本件家屋等の収去及び土地の明渡請求をなすことは社会観念上適法な権利行使というを妨げないと解すべきであるから、被告の権利濫用の抗弁は採用しない。

しかるときは、被告福岡は原告に対し本件家屋を収去してその敷地たる本件土地を明渡すべき義務あり、被告西村は原告に対し本件家屋のうち店の間の二坪五合及び二階三畳の部屋より退去してこれに照応する敷地を明渡すとともにA地域上にある木造トタン葺平家建バラツク及びその屋上に設置された物干場を収去してその敷地たるA地域を明渡すべき義務あり、原告の被告両名に対する本位的各請求は正当としてこれを認容すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法九三条第一項本文八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 本井巽)

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